「なのに、なんで子供のうちに死ななくちゃならんのだ。つまらない勉強ばっかりさせられて、嘘っぱちの行儀や礼儀を教えられて。大人にならずに死ぬなんて、つまらないじゃないか。せめて恋人を抱いて、もうこのまま死んでもかまわないっていうような夜があって。天の一番高い所からこの世を見おろすような一夜があって。死ぬならそれからでいいじゃないか。そうだろ。ちがうかい?」
『今夜、すべてのバーで』中島らも 講談社文庫 1994年3月 p259

高校生の頃、中島らもの『アマニタ・パンセリナ』が好きで、よく読んでいた。
中島らも氏は、階段から落っこちて死んでしまったけど、名作『今夜、すべてのバーで』という本で、上のような言葉を残した。

もしもあなたが、人生で一度も「これこそが最高の夜だ」という経験をしたことがないのなら、今がどんなに辛くても、どれだけ「自分はダメな奴だ」と思っても、人生頑張った方が良い。
上司や客に怒られて、「最悪な人生だ」って思っても、頑張った方が良い。
就活がうまくいかなくてニートになったり、起業が失敗して借金を背負っても、頑張った方が良い。
なぜなら、最高の一夜は、それまでのクソみたいな日々全てを天秤にかけても、お釣りがくるくらい素晴らしいからだ。
もちろん保証することはできないけれど、「保証してもいいかな」と思えるくらい、本当に「生きていてよかった」と思える。
そんな一日が、
人生には存在する。
それに、たぶん喜びは、それまでに味わってきた苦悩が大きいほど、大きくなる。

想像してみてほしい。
例えば、大好きな芸能人と、高級ホテルのバーで笑い合っている自分の姿を。
「いや、そんなの妄想でしょ」と思うかもしれないけれど、あり得ない話ではない。
たしかに、自分がファンの、特定の芸能人とそういう関係になるのは難しいかもしれない。
でも例えば、自分のタイプの人とか、好きな人とか、そういう人と、高級ホテルのバーでお酒を飲むのはそんなに難しい話じゃない。
「いや、好きな人と高級ホテルのバーでお酒を飲んでも私は幸せになれないや」という場合は、あなたがもっとも幸せになれる何かを考えてみればいい。
今はできないけれど、それができたら「もう死んでもいい」って何かを考えてみればいい。

その一日は、必ず、それまでの冴えない毎日をなかったことにする。
なかったことにできるくらい、
幸せになれる一日が、この世界に存在する。
中島らも氏が言いたかったことは、
きっとそういうことだ。
子どもの頃の自分は、「ふ~ん」って読み飛ばしていたけれど、そういう夜は実際に存在した。